バイオインフォマティクス 中部大学2024年秋学期

PCRを用いた実験の解析

今日、生物学の様々な分野でPCRが用いられている。 PCR法は目的とするDNA断片を効率よく増幅する方法で、DNAの解析には欠かすことができない手法である。

PCR反応の概略

PCRに必要なもの

これらのうち、バッファーとdNTPは使用するDNAポリメラーゼによってほぼ決まっており、工夫の余地は少ない。 また鋳型DNAも研究の目的によって決まり、種類を選ぶことはほとんどできない(DNAの抽出方法はDNAの純度やその状態に影響を与えるので検討する余地はある)。

DNAポリメラーゼは様々な性質のものが市販されており、その用途に応じて使い分ける必要がある。 例えば増幅したいDNAの長さ(分子量)、鋳型DNAの量、増幅の正確性(DNAポリメラーゼの複製の正確性)に応じて適切なポリメラーゼを選択する必要がある。

プライマーの特異性

プライマーは鋳型DNAの狙った場所に特異的に結合することが重要である。 プライマーと鋳型DNAの結合はAとT、CとGの塩基間の水素結合であり、それが多数できることで安定になる。

DNAには4種類の塩基があるので、それらが均等であれば特定の塩基がでてくる確率は4分の1である。 2塩基が連続して一致する確率は(1/4)2であり、3塩基が連続して一致する確率は(1/4)3となる。

ヒトのゲノムサイズが約3Gbp (30億bp)で、それは415から416の範囲にある。 言い換えると16塩基の長さの塩基配列がヒトのDNAの中に偶然存在する確率が約0.7 (= 3e9 / 416)である。 20塩基であれば偶然存在する確率は0.27%となり、そういうことはまず起きないと言ってよいレベルである。 つまり20塩基程度の長さがあればプライマーが鋳型と結合する場所は1箇所となる。

プライマーを設計するときの留意点

Tm (melting temperature)

塩基対を形成する力は水素結合であり、これは弱い力なので温度が高くなると壊れる。 一般にPCR反応では95-98°Cにして二本鎖DNAを変性して一本鎖にし、50–65°Cにしてプライマーと鋳型DNAの結合をつくる。 二本鎖DNA解離して一本鎖DNAになる温度をTmと呼ぶ。 Tmは反応液に含まれる各種の塩濃度、pHによって左右されるが、その主因は塩基配列である。

AとTの塩基対では2つ、CとGでは3つの水素結合が形成される。 この水素結合を切る温度がTmである。 オリゴDNAと鋳型DNAの結合力はこれらの総和となるので、CとGが多いほど結合は強くなり、高温でも安定化する(つまりTmが高い)。 逆にAとTが多いとより低温にしないとプライマーと鋳型DNAの結合ができず(つまりTmが低い)、DNAポリメラーゼが働くことができない。

Tmは反応条件によって変化するので、一概に計算することができるものではないが、多くの近似的な解を与える計算方法が知られている。

プライマーダイマー (primer dimer)の形成

プライマーが鋳型と結合せずにプライマー同士で結合して増幅してくるPCR産物をプライマーダイマーと呼ぶ。 PCRの反応液中にはごく少量の鋳型DNAと過剰のプライマーが存在しているため、プライマー同士の結合が起きやすい。 特に以下のような塩基配列を持っているとプライマーダイマーができやすいので、プライマーを設計するときには注意する。

プライマー間で相補的な配列

例えば 5'-ATCATCCGAACTAGTGAAGTCATCC-3' と 5'- CCTACTGATCAAGCCTACTAGGATG -3' というプライマーを使用したとすると、以下のような結合を生じる可能性がある。

5'- ATCATCCGAACTAGTGAAGTCATCC -3' -> ポリメラーゼによる伸長反応
                        |||||
                 <- 3'- GTAGGATCATCCGAACTAGTCATCC -5'

このときそれぞれのプライマーは互いを鋳型としてポリメラーゼの反応を起こさせる。 元々プライマーは反応液に過剰にあるため鋳型DNAと結合することなくプライマーダイマーの合成に使われ、目的とするDNA断片を得ることができなくなる。

回文(パリンドローム)

例えば 5'-ATCATCCGAACTAGTGAAGGAGCTC-3' というプライマーは3'側に回文構造(相補鎖にしたときに同じ配列になる)があり、これも以下のような結合を生じてプライマーダイマーの形成につながりやすい。

5'- -ATCATCCGAACTAGTGAAGGAGCTC -3' -> ポリメラーゼによる伸長反応
                        ||||||
                 <- 3'- CTCGAGGAAGTGATCAAGCCTACTA -5'
CGが多い配列

CとGの塩基は水素結合が多いために塩基対が形成されやすく、非特異的な二本鎖形成につながりやすい。 CとGの割合は50%以下にしておくほうがよい。

5'- -ATCATCCGAACTAGTGGAGGACCCC -3' -> ポリメラーゼによる伸長反応
                  |||||:::|  
          <- 3'- CCACCTGGAGTCGGATGAT -5'

Tmの計算方法

プライマーのTmの算出には多くの方法があるが、ここでは簡便な2種類の方法を記す。

ATを2°C、CGを4°Cとして合計する

プライマーの塩基配列中のそれぞれの塩基を数え、AとTは2倍、CとGは4倍した合計値をTmとする方法。

CGAGCCTGAGGATTTGATTGAT という配列をもつプライマーを考える。 これにはAが5個、Tが7個、Cが3個、Gが7個含まれるので、(5 + 7) * 2 + (3 + 7) * 4 = 64 °Cとする。

問題

ATCATCCGAACTAGTGAAGTCATCC という配列のプライマーのTmを計算せよ。

ウェブ上のツールを使用する

Tmを計算してくれるツールはいくつもある。

問題

ATCATCCGAACTAGTGAAGTCATCC という配列のプライマーのTmを計算せよ。

Excelを使ったGC含量の計算

プライマーの配列の長さを数えるのは面倒であるし、間違いやすい。 CとGの数も同様である。 そこでExcelを使って計算してみる。

塩基配列といってもコンピュータの計算上は文字列として扱うことができる。 Excelで文字列の文字を数えるにはlen関数を使うことができる。

特定の文字(この場合CとかG)を数える関数は用意されていないので、工夫が必要である。 substitute関数は文字列中の特定の文字を別の文字に置換することができる。 これを使ってCを消すことができる(長さ0の文字に置換する)。 置換後の文字列の長さを元の長さと比較することでCを数えることができる。

数式の入力例

絶対参照の利用

計算結果

PCR産物の推定

PCR反応を行ったあと、通常はPCR産物の確認のために電気泳動を行う。 その際重要なことは目的とするDNA断片が得られているかどうかの判定で、その大きさが基準となる。

鋳型となるDNAの塩基配列中にプライマーの塩基配列を探すときにはExcelのfind関数を使うことができる。 反対側のプライマーも同様に探すことができるが、相補鎖に変換することとfindがみつける位置は常に左側であることに注意する。

             | findの位置
primer_F 5'- ATGGAGAAATACGAGAAATTG -3' : このプライマーの塩基配列は鋳型と一致する
template 5'- ATGGAGAAATACGAGAAATTGGAGAAA---(省略)---ACTTCGATAGCTTGGACAAGTCTCAGTTTTGA -3'
         3'- TACCTCTTTATGCTCTTTAACCTCTTT---(省略)---TGAAGCTATCGAACCTGTTCAGAGTCAAAACT -5'
primer_R                                                     3'- CCTGTTCAGAGTCAAAACT -5' 反対側のプライマーは鋳型の相補鎖と一致することに注意 
                                                                 | findの位置

手順

  1. 以下の鋳型DNAの塩基配列をExcelにコピーする。

  2. プライマーの塩基配列をExcelにコピーする。

  3. primer_Fの場所をfind関数を使って調べる。

  4. primer_Rの相補鎖を入力する。 その配列の位置をfind関数を使って調べる。

  5. PCR産物の長さはプライマーの長さも含むのでプライマーの長さを加える(位置調節のためにさらに-1)。